こんにちは、みゆらくです。
去年ブログを始めたころは「今の仕事を辞めて独立しようか」と考えていました。今はすぐに辞めようとは思っていません。でも、仕事のモヤモヤがなくなったわけでもなくて。今回は、ずっと抱えていた仕事のしんどさと、そこから少しずつ変わってきた気持ちの話を書いてみます。
正解のない答えを、ずっと探していた
会社の社長はいわゆるワンマンタイプで、朝令暮改も日常茶飯事。どれが最終判断なのか周りもわからなくなるような状況がよくありました。社長の機嫌をうかがいながら仕事をする毎日に、正直ずっと疲れていました。
私は課長という立場になりました。でも実際には権限があるわけではなく、課員の管理をするという名目だけの肩書きでした。今までの自分の仕事にプラスして課長職。課長としての業務説明もなく、研修もなく、見本にできる先輩もいない。そんな状態で社長が求める「課長像」をやれるはずもなく、最初は必死に頑張って、裏目に出て、泣くことも多かったです。
あるとき社長から「自分の業務に遅れが出ないことだけ考えればいい」と言われました。課員の管理をしなくていいなら、課長じゃなくてもいいのでは、という気持ちが湧いてきました。肩書きをなくしてもらおうかと思ったこともありますが、結局言い出せずに今に至ります。
呼び出されて話し合いをすることも多かったのですが、いつも考えていたのは「社長にとっての正解」でした。自分の意見ではなく、社長が望む答えを探す。それがずっと辛くて苦しかったんです。正解なんて、わかるはずがないのに。
娘のことが重なって、本を読み始めた
そんな仕事のモヤモヤと同時期に、娘の不登校・行き渋りが重なって、本当に苦しい時期がありました。何か打開できるヒントが欲しくて、ネットで検索して見つけた本を何冊か読みました。繊細さんについての本、自己肯定感についての本、不登校についての本、子育てについての本……手当たり次第という感じでした。
自分を受け入れたら、急に楽になった
本を読んでいくうちに、自分が少しずつ変わってきたのを感じました。一番大きかったのは「自分を受け入れたこと」です。40代半ばになって今更、と思われるかもしれません。でも、なりたい自分、できる人間に見せたい自分を、ずっと頑張って演じてきたんだと気づきました。今は、何者かであろうとしなくていい。今のままの自分で十分なんだと思えるようになってきました。
今まで自分の意見を押し込めてくることが多かったので、自分の意見や感情そのものに鈍感になってしまっていたんだと思います。人の意見ばかりが気になって、自分がどう思っているかは後回しになっていました。社長の気持ちだって、どう頑張ったって完全にはわかりません。わからなければ、聞けばいい。自分の意見や感情を人と比べて、間違いだと思わなくていい。意見を求められたら、自分の気持ちをただ素直に伝えればいい。それだけでいいんだと。そう思ったら、急に気が楽になったんです。
あっ、もちろん会社なので社長命令や、話し合いで決まったことがあれば従います。
伝え方はまだ勉強中です。それでも、自分の気持ちを素直に伝えた結果、誰かに嫌われることがあったとしても、それは単に私とは合わなかっただけ。SNSなどで聞いて頭では知っていたつもりの考え方が、急にスッと自分の中に入ってきた感覚がありました。
自分に向き合うことは、娘に向き合うことでもあった
この年でやっと、と思うかもしれません。でも、この年になったからこそ、なのかもしれないとも思います。自分を受け入れること、自分の感情や感覚に素直になること——それが結果的に、娘とちゃんと向き合うことにもつながっているんじゃないかと、今は感じています。
今までは「学校に行った方がいいに決まっている」という周りの目を気にして、娘を行かせようとしていたのかもしれません。娘のためだと思っていたけれど、実は私自身が周りからどう見られるかを気にしていただけだったのかもしれない。そう思うようになりました。
📌 まとめ
課長という肩書きへの違和感、社長の正解を探し続ける苦しさ、そして娘のことが重なって読んだ本たち。それらを通して、自分を受け入れることの大切さに少しずつ気づいてきました。
仕事も家族のことも、答えはまだ完全には出ていません。でも、自分の気持ちに素直になることから、ゆっくり前に進んでいきたいと思っています。


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